「泥臭くても、自由な生き方がしたい」 運営者じゃけぱんのプロフィール

じゃけぱん
どうもじゃけぱん@watanavi_comです。

 

初めまして、キャリア&複業支援ブロガーのじゃけぱんです。

 

当ブログの運営はもちろん、学生向けオンラインサロンを通じた就活コーチング(累計100名以上)や、大学・企業での講演、個人への副業&複業コンサルを行なっています。また、最近ではフリーのウェディングプランナーとして「自己負担0円で開催できる結婚式」をテーマにブライダルプロデュースも手がけています。おかげさまで、スタートアップ企業から経営企画関連のご相談をいただいたり、学生向け就活支援の仕事をいただくなど、日に日にできることの幅が広がりつつあります。

 

じゃけぱん
要するに、いろんなことやってる人です(笑)

 

いろんなことをやってる人・・・なのですが、中身はごくごく普通の会社員です。脱サラして好きなことをやっているわけではなく、副業(本業のほかにする職業)を複数行なっている、いわば複業(本業として営む仕事を複数抱えている状態)的に働いているわけです。

 

僕は社会人1年目の頃から、複業スタイルに強い憧れと関心を持ち、トライアンドエラーを繰り返してようやく今のポジションを確立させました。複業生活のおかげで、僕は3つの自由を得ながら生きています。

【複業生活で得られる3つの自由】

  1. 経済的自由・・・収入が増え経済的に余裕がある
  2. 社会的自由・・・スキルが身につきキャリアアップに役立つ
  3. 精神的自由・・・好きなことをやれているので精神的に健康

結果、ストレスフリーな人生を謳歌し、好きなことをしながらのんびり稼ぐことができています。複業収入が年間50万〜100万円程度あるため、おそらく普通の同年代サラリーマンより多少は好きなことに投資できますし、転職したいと思えば転職できる気持ちの余裕があります。

 

この記事では、「僕がどんな経緯を経て3つの自由を確立するに至ったのか」をお伝えしていきます。

 

キャリア形成に疑問を感じつつ、必死に働いた社会人1年目

 

前述の通り、僕はいろんなことを好き勝手やりながら働くスタイルですが、社会人1年目の頃はどちらかといえば社畜的な働き方をしていました。

 

大学卒業後、第一志望だった某人材系企業に入社したのですが、思い描いていたキラキラ社会人ライフとは異なり、毎晩23時まで残業する日々を過ごしていました。とにかく自分のミッションは会社の掲げる目標数字に全力で貢献すること、こればかりを考え、精神的な余裕などなく、毎日ピリピリしていたことを今でも覚えています。

 

今思えば、あの頃の自分はストレス発散に飲み会三昧で散財し、経済的な余裕はありませんでした。自炊する余裕もなかったので貯金もできなかったですし。更に、常に仕事のことを考え、どこかイライラしたり不安になる毎日を過ごしていたので、いつ適応障害の症状が出てもおかしくなかったと思います。

 

全力で仕事に打ち込む日々が続きましたが、あるときふと疑問に思ったんですよね。

 

「自分ってこんな働き方をあと40年以上続けるのか・・・?」

 

そのとき、走り続けていた僕の足がピタリと止まりました。あれ、自分って何したくて会社入ったんだっけ・・・って疑問に思ったんですよね。

 

「お金も時間もないし、今の働き方で幸せになれるのか・・・」

 

猪突猛進的な働き方をしていた1年目が終わろうとしている時期でした。冷静に自分の周りを見渡せば、毎日のように仕事がダルいor辛いと愚痴しか言わない同僚、朝から晩まで馬車車のように働き続ける先輩、職場環境に蔓延していた負のオーラに気づき、自分もそのカラーに染まりかけていることを自覚しました。

 

誰より高い成果をあげても満たされない自分がいた

 

とはいえ、だからと言って退職したところで、今の自分には何も残らない。まだこの会社で何も成し遂げていない。中途半端に投げ出すのは一番カッコ悪い。

 

そう思いながらも、自分の目指す働き方と、この会社で求められる働き方は、何か大きなズレがある・・・この感覚は日に日に大きくなる一方でした。

 

社会人2年目になり、仕事もある程度自分で回せるようになってきました。当時の僕は成績が絶好調で、全国部署内で1位の成績を挙げたり、新規サービスの導入において最多記録を達成するなど、社内で徐々に評価していただけるようになってきた時期でした。ありがたいことに、全社表彰され会社のお金で海外旅行に連れていってもらえたり、協賛イベントの席に招待されたり、様々なインセンティブを受けていました。

 

次第に成功ノウハウの共有会で連日登壇したり、新人研修の講師役や、後輩の教育係りなど、求められる期待や役割も変化してきました。おそらく第三者から見ると、当時の僕は会社のことが大好きに映ったでしょうし、会社の方針に対して忠実に働く兵隊のように見られていたのかもしれません。

 

しかし、どんなに高い成果を上げようと、会社からの期待が増そうと、どこか満たされない自分がいました。

 

会社からの役割・期待の変化とは裏腹に、僕はあることを決心します。

 

「社内で評価されるより、社会で評価される人材になろう」

 

具体的には、会社のブランドネームがあって成果を出せるのではなく、自分の名前でビジネスができるように、個人としての稼ぐ力を身につけよう、と思ったわけです。そこで、僕は副業を始めることを決意します。当時の僕は23歳、スタートには十分な時期でした。

副業を始めた23歳の僕に待ち受けていた残酷な現実

まず、副業を開始するにあたって最初に手をつけたのがブログでした。今運営しているブログではなく、実は一つ前に作っていたブログであり、「20代に向け、仕事・生活・お金に関するノウハウを提供するブログ」でした。

 

当然、会社の機密情報や仕事を通じて得た情報等は一切書き込まず、人材系企業で働いていることも伏せて運営していました。徐々にPVが増えていき、自分が発信した情報が誰かの役に立っていたことがとても嬉しかったのを覚えています。ブログ×SNSを主な母体とし、コーチングやメルマガ配信、コンテンツビジネスが軌道に乗り始め、会社員としてのパフォーマンスを維持しながらも、副業で稼ぐことができ成長実感を得ていました。

 

しかし、それはある日突然、終わりを告げられます。

 

ある日、僕の元に一通の社内メールが届きました。内容は、僕のブログに対する摘発的内容のメールでした。仕事中、一気に背筋が凍り、顔が青ざめたことを覚えています。

 

確かに、勝手に副業をしたのは自分だが、会社に迷惑をかけるようなことは一切していない、仕事のパフォーマンスだって落としていない、なぜ問題視されるんだ!というのが当時の自分の訴えでした。

 

じゃけぱん
今思えば若気の至りだな〜〜

 

今考えると、会社としては最大限僕の身も案じながら考えていてくれたのかもしれません。就業規則に則り、トラブルを未然に防ぐという判断は会社側としては当然のことです。しかし、詳細は控えさせていただきますが、あまりにも一方的すぎる当時の対応、そして一気に踏み潰された自分のこれまでの努力、どこか虚しい気持ちになりました。

 

結果、当時運営していたブログは閉鎖。その後しばらくは僕に対する対応や目線は冷ややかなものでした。一部の上長陣しか知らない情報であり、口外をしないことを前提にブログ閉鎖を行なったにも関わらず、この事件の1ヶ月後には、多くの同僚・先輩が事実とは異なる情報を元に、噂話をしていると知りました。

 

最後に知ったのは、僕に対する負の感情を持っていた同僚が、悪意を持って噂話を流布したこと、偽名まで使って運営者の僕にコンタクトを取っていたことでした。全て、事態が片付いた後のことでした。事実確認のため本人に問い詰めると、正直にそのことを話してくれました。

 

今思えば、貴重な機会・経験だったと思いますが、当時の自分はかなり落ち込み、副業しようなどという気持ちは萎えていました。小学生が公園の砂場で、頑張って時間をかけて作り上げた砂の城を、上級生のお兄ちゃんに壊されたような、そんな感情に陥っていました。

 

しかし、そんな中でも僕を奮い立たせたのは、「自分はこのままの働き方で良いのか?」という自問自答の日々でした。

 

そこで、どうやったら合法的に情報を発信できるのか、どうやったら安全かつ健全な運用で副業ができるのか、を考えました。

ブログの運用と副業のスタンスを考え直し、再スタートした

 

ブログの閉鎖を強いられたあの日から約2年間の歳月が過ぎました。

 

会社員としてもパフォーマンスは好調、当時流れていた噂話も時間の経過と共に笑い話になった頃、自分ならではの副業スキームが出来上がりました。同時に、諸々のライフイベントも重なって転職も決意。働く環境もリセットし、全てまっさらな状態で再スタートを切ることにしました。

 

そこで、就活や転職相談やWebサイト制作など、自分の持っているスキルを使い、どうやったら困っている人々の役に立てるかを考えました。当初始めたgive&giveの活動も、規模拡大に伴い運用するための費用もかかるため、今のオンラインサロン形式などに変わっていきました。こうして今のブログ「ワタナビ」が成り立ちました。

 

今では等身大の自分を発信し、学生や個人の悩みを解決しています。特に嬉しかったことは、自分が関わった就活生は累計100名以上いますが、そのほとんどが第一志望企業群の会社に内定をもらえたことです。自分が内定まで導きました!とドヤ顔している訳ではなく、頑張ったのは就活生本人たちだと思いますが、その「頑張るためのきっかけ」を提供できたことは、このブログを通じて得られた大きな喜びですね、

 

サロンを卒業し、大学も卒業し、今では社会人として活躍している子達から、

 

「今はこんな仕事をやっています、あの時のおかげでこんな知識が役立ちました!」

「●●に転勤になりました、ギアあげて頑張ります!」

「仕事が楽しいです、生き生き働けているので幸せですよ!」

 

なんてLINEがたまに届きます。その度に、この活動をして本当に良かったと胸が熱くなります。

 

副業をしよう!と思い立って始めたブログですが、今では自分の生活の一部になっていますし、何より学生のコーチングは僕の趣味に近いものになりつつあります。副業で得られる収入やスキルが、自分の将来の満足度を高めるんじゃないかと思って始めましたが、結果として現在の満足度を高めるために大いに役立っています。

進化し続ける複業&副業スキーム 〜知識や経験をシェアできる世界へ〜

今では自分の副業&複業スキームも大きく変化・派生しました。

 

「友人の結婚式を手伝いたい!」という想いからウェディングプランニングの知識をつけ、人脈を開拓し、結果として結婚式で新郎新婦が抱える負担額を0円にするスキームにたどり着きました。たくさんの有識者の方々から助言・アドバイスをいただき、勉強させていただいた結果でもあります。

 

また、「副業を始めたい、個人で稼ぐ力を身に付けたい!」というご相談も多く寄せられるようになり、個人に対する副業&複業コンサルも始めるようになりました。僕のようにWebメディア運用から入る方もいれば、物販や代行サービスなど、それぞれの経験やスキルに合わせてご提案させていただいています。

こうした活動を続けて約2年が経ち、今では個人からのお問い合わせにとどまらず、ベンチャー企業の経営陣からもご紹介等のご縁を通じてコンタクトいただくようになり、日に日に自分の「できること」「役に立てること」が広がってきています。

 

こうしたご縁・活動に伴い、気づけば冒頭で触れた「3つの自由」を実現することができています。

 

今でこそ思うのは、副業を初めて挑戦しようと思ったあの時も、会社員としてパフォーマンスを高めつつ副業も同時に走らせたあの頃も、ブログ閉鎖から立ち直ったあの日も、常に失敗と挑戦を繰り返す毎日だったということ。僕は人よりも不器用だし、飽き性だし、行動力も自慢できるほど強くはありません。基本的なステータスは平均以下で、凡人オブ凡人なんだと思います。しかし、”たくさん失敗してその失敗を成功に変えることができる力”に関しては、おそらく一般的な方々よりは多少強いのかもしれない、最近はそう思うようになりました。

 

数々の失敗を経験できたからこそ、”どうやったら人々の役に立てるのか”を追求することができたのだと思います。そして、失敗を成長に変える力を発揮できたからこそ、今こうして充実した日々を過ごし、さらに自分を高めるために努力できているのだと思います。

 

あ、だいぶ長くなっちゃいましたね(笑)僕も書くの疲れたのでそろそろ終わりにしたいです。

さぁ、次はあなたの番です

長々お付き合いいただきありがとうございました。

 

ここまでお読みいただけたらわかると思いますが、僕は大成功を収めたスーパーマンではなく、単に「自分のやりたいことをあれやこれやと考え、時間をかけてのんびり追求してきた人間」です。

 

凡人として、凡人なりに、

 

どうやったらもっと良い暮らしができるのか。

どうやったらもっと楽しく働けるのか。

どうやったらもっと人生が楽しくなるのか。

 

を考えてきました。その答えの一つが副業&複業なんだと考えています。もちろん、答えは人によっては違いますし、副業することが全てだとは考えていません。

 

ただ、もし自分に自信がなくて一歩を踏み出せない、とか。

自分の人生、これでいいんだっけ?って疑問を抱えている、とか。

もっと稼ぐためにはどうしたら良いの?

 

こんなことに悩むくらいなら、お気軽に僕にご相談ください^^

 

どれだけあなたのお役に立てるかはわかりませんが、今のモヤモヤを解決する努力は惜しみません。

 

ここまで私の想いをご覧いただいた、あなたのお役に立てれば光栄です。

 









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